ものごとには始まりがある

2009年11月16日

無欲の大欲

 PA0_0027周辺を眺めれば、自分を支援してくれる友人知人がたくさん居るにもかかわらず、人は時々言いようのない孤独感に苛まれることがあります。

それは、究極の自分と対決したとき、心の奥底からふつふつとわき上がってくる感情です。

「自分とは何か?」

自問自答し、彷徨いながら答えを見出そうとすればするほど、迷路に落ち込んでいく。

自分の中に答えは無いように思います。

脳を使って脳を研究しているようなもので、脳という系から外れた発想は出てこない。

やがて、相対性の中にしか自分が存在していないことに気づく。

自分とは、ドーナツの穴のようなものです。
回りがなくなれば穴もなくなります。

宇宙、人間、自然、神などの自分を取り囲む外界に目を向けざるを得なくなります。

ドーナツの外側と穴が一体であるのと同じように、自分と外界の世界は切っても切り離すことが出来ない関係です。

「自分とは何か?」

という問いかけは、宇宙とは?人間とは?神とは?自然とは?という問いかけと同じものです。

自分とは森羅万象すべての関係性の中にしか存在し得ないことが理解できます。

ならば孤独感など本来あり得ない感情です。

ドーナツの穴のように、自分自身を「無」にしたときに、宇宙(神)と一体となり孤独感はなくなります。

その第一歩は「孤独感」を味わうことから始めなければならないのでしょう。

無欲の大欲とはよく言ったものです。




yume2323 at 11:19コメント(1)つぶやき  

コメント一覧

1. Posted by クニ   2010年02月20日 11:06
おもしろいです。

仏教みたいな考えですね。

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